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【記事公開日】2017/11/10

視点を複数持つよう心がけた理由。

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どうもトウユウジ(@ugto310)です。

自分のやりたいことに片っ端から手を出し始めて早くも1年が過ぎました。

昨年8月から、急にやることがなくなった状態は意外にも苦痛で、次に動き出すまでに時間はかからなかった。

この記事では、「1年間興味のあるものをやってみる」、と決めてから気づいた、視点を複数持ったほうが良いという話をします。

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やりたいことに片っ端から手を出してきた1年

先行投資という理由をつけて、カメラ、Mac、ペンタブを買ったり、ブログを始めた。駅周辺をスナップする企画もやってみたりしている。

表面上はこれだけなんだけど、一番身になっているのは、徹底的に自分に時間を使ったことだと思う。

“1人の時間を楽しむ”というのももちろんだけど、”自分と対話する”ことに時間を割いたのは初めてだったかもしれない。

絵を描きたい、曲を作りたい、写真を撮りたいと、色々とやりたいことはたくさんあった。

そういった物理的、スキル的な話ではなく、”どうなりたくて、何をやっていくのか”というのを、常に自分とやりとりしていたように思う。

時間をかけて自分と会話するにつれて、今まで聞くことのなかった自分の本心をポツリポツリと話してくれるようになった。

以前の僕からすると「自分と対話するなんてナルシストだな」ぐらいにしか考えていなかったし、「自分の中で完結するなんて何も前に進まないじゃないか」とさえ感じていて。

自己啓発本とかそもそも胡散臭いなぁと、特に中身も見ずに判断した感想。表紙から漂う胡散臭さにはまったくと言っていいほど惹かれなかったし、ビジネスマン専用の本だとすら思っていました。

ありがちな”オリジナリティが薄れるじゃないか”という謎の自信があり、洗脳に一役買ってるんじゃないかとさえ感じていて、今となっては恥ずかしくてそんなこと言えません。

胡散臭いと思うものは案外真理なのかもしれない

最近思うのは、”胡散臭いと思うものは真理なのかもしれない”ということ。

胡散臭いと感じる要因は2つあって、1つは身の回りに情報が無いこと。もう1つはお店や他商品でも同じようなことばかり目にすること。

身の回りに情報が無いというのは、付き合いのある知人友人のなかにそんなことを言っている人が1人もいないということで、どこか信憑性に欠けるなぁと感じていました。

にも関わらず、書店やテレビなどで目にする機会が多い。「僕の周りでは全然そんなの流行ってないぜ」みたいな印象を受けていたんです。

今となっては、視野が狭かったんだろうなと思うんだけど、当時は胡散臭いことこの上ない!と自分から避けていました。

自己啓発本で変わることが出来るのは自分だけで、自分次第。あくまで視点の置き所を多く知ることができるツールだと思っています。

なぜ視点を多く持ったほうが良いのか

1つの視点がダメと言う話ではなく、多く知っておくことで行動の幅が大きく広がるということ。

カメラをやっているとわかりやすいけど、撮りたいものに対して良いアングルはないかとグルグル回ったりもします。

足を使って、被写体が1番映えるアングルを探すことは結構重要だと言われるんだけど、カメラだけに関わらずそう。

情報を集めたり、知るだけでも”視点の置き方”はなんとなくわかる。

ただ、最終的に身になるのは自ら体験したことだけだと今では感じます。

まとめ

1年間、カメラ、ブログ、絵、ネットショップ、などなど本当にやりたいことを探すために挑戦してきました。

結局全部楽しくて、全部をやっていきたいと感じたので、次の1年はそれぞれにじっくり伸ばしていきます。

何をやるにも、「何かに特化したほうが良い」と言われるけど、僕の場合は循環して進めていく方がやりやすい。

同時進行で中途半端にならないよう、しっかりと1つ1つと向き合って形にしていきますので、表立った活動が多くなる予定です。

このブログでもシェアしていくので、これからもよろしくお願いします。

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