どうもトウユウジ(@ugto310)です。
やっとまちとらんが完成しました。お待たせしました・・・!!
初めてものづくりに関する企画をやったんですが、色々と考えることもありました。
今回は「まちとらん」を企画をした目線で気づきをまとめます。
反省すること多すぎて「ごめんなさい」だけど、やってよかったと思ってます。
まちとらん制作の流れ
まずは簡単に制作の流れから。
- 駅に集合、撮影。
- 後日、各メンバー写真を選定し共有
- 各メンバーで見開き1ページのレイアウト制作開始
- 完成したページを組み合わせ印刷
これだけ見ると問題なさそうに見えるんだけど、考えが足りなかった。
勢いで始めたばかりに、参加者の皆様に迷惑をかける結果に・・・。
課題と改善点。
では1つ1つ見ていきましょう。
細かいところも含めると多すぎるので、大きな問題点をまとめます。
現時点で僕が感じている改善方法も合わせて書いていきます。
①完成のイメージがしっかり決まっていなかった。
まずこれに尽きると思います。
完成のイメージがフワッとした状態のまま企画進行⇢参加者もイメージが掴めず困る。
結果、参加してくれた方々、polcaで支援してくださった方々にも嫌な気持ちにさせてしまったと反省しています。
「思いついたら行動、考えながら動き続ける」ということをやってみたけど、僕はまだ上手くできませんでした。
物事の進め方をある程度落とし込んでからじゃないとむずかしい。精進します・・・。
改善点
となると、人を巻き込んでやるのも良いけど、自分だけでも試行錯誤を続けることが大切だと思いました。
今回のような小冊子を作る企画だとすれば、何冊か自身で制作しSNSなりで発信⇢フィードバックをもらうことが必要。
発信しても反応がないのであれば、原因の究明と対策を練る必要があります。
- 何を良いと感じたか
- どこがイメージと離れていたか
- 軸となるものを決める。
このPDCAを回すことで、最低でも3つのイメージとすり合わせることでコンセプトを固める。
正直、「なんで思うように進まないだ?何がおかしいんだ?」という思考のまま止まっていました。
考えて試した数が圧倒的に少ない。
その理由は次の問題に繋がります。
②人に対して「自分のできることは、みんなが普通にできるもの」と考えていた。
「自由にやれたほうが参加して楽しんでもらえるはず」
今考えるとツッコミどころ満載ですが、こんなことを本気で考えてました。
「駅」を中心に撮り歩き、小冊子にまとめる企画。
これだけで問題なく進められると思っていたのはまずい。
改善点
「僕は散歩しながら写真撮ったり、冊子にしたときのイメージもつくから、みんなも普通にできるでしょ」
書き出すとめっちゃ自己中な意見だけど、「人としてみんなのほうが僕より優れている」という考えが抜けきらなかった結果、”自由”がみんなのためになると思っていました。
「自由にやってください」と言われれば聞こえはいいけど、実際には丸投げしているようなもの。
まずは自分の中にある”イメージ”を言語化、もしくはサンプルで伝えること。
この”イメージを伝える”ということが、企画を通してできていないことが多すぎました。
③マニュアルができていなかった。
ソフトの基本的な使い方については共有したんだけど、丸投げしすぎた感がありました。
「各自の好きな雑誌を参考にしてもらえたら良い」というような投げ方だったので、方向性も定まらずにみんな制作を進めづらかったと思います。
「自由度が高い=制作しやすい」ではないんだと、今になって気づきました。
改善点
まず撮影をするまえに完成をイメージしてもらえる仕組みが必要でした。
レイアウトや書く内容をあらかじめ考えておくことで、参加者もイメージに必要な撮影することができたはずです。
締切などの予定を決めるのが遅かった。
期日って大切なんだなぁと今更ながらに思いました。
どのくらいのペースで、どのくらいのクオリティでやるのか。
普段の生活では「いつまでに終わらせる」というのは意識するのに、いざ企画となるとできませんでした。
改善点
期日を決めるためには、どのくらいの時間がかかるものなのかを知っておく必要があります。
すべての問題と重なるけど、前準備とマニュアル、試作品などの制作から、必要な時間を考え逆算するべきでした。
期日がフワッとしたものだと、作る側も「どのくらいのクオリティまでやれるか」などの予測も立てにくい。反省です。
まとめ
書いている内容に特別なことはひとつもなく、考えればわかるような「当たり前なこと」ばかり。
けど、「当たり前」と思っていたことで、伝えることや考えることを放棄し、みんなに任せっきりにしていたということが問題だったと感じています。
「なんでそんなこともわからないんだ!」と当たり散らす、新人教育担当の嫌な先輩みたいなことしていたんだなと思い知らされました。
これからは、”感覚”ではなく、言語化して伝えられるよう意識していけたらと思います。